2019年9月9日、台風15号(ファクサイ)が千葉県に上陸した。最大瞬間風速57.5m/s。記録的な暴風は数万棟の屋根を吹き飛ばし、翌10月には台風19号がさらなる傷を加えた。
街を走ると、どこまでも続くブルーシートが見えた。屋根を失った家。雨のたびに水が染み込む天井。家財が次々と傷んでいく。それなのに、修理業者を呼んでも「半年待ち」「一年待ち」という答えしか返ってこない。住民は精神的に追い詰められ、地域全体が出口の見えないトンネルに閉じ込められた。
台風15号(ファクサイ)上陸。最大瞬間風速57.5m/sを記録。千葉県で約45,000棟以上の住宅被害が発生。
台風19号(ハギビス)が追い打ち。復旧途中の住宅に再度の浸水・屋根被害が続出。被害は広域化した。
「ブルーシートの悪夢」が長期化。職人不足・業者不足により修理が追いつかず、半年以上経過後も多くの住宅がブルーシートのまま。法外な費用を請求する悪質業者も横行した。
この惨事は自然の脅威だけが原因ではありません。真の問題は、日本の建設業界が長年抱えてきた構造的な弱さが、一気に露呈したことにあります。そして私は、現場を歩きながら確信しました。「この問題に正面から向き合っている企業が、必ずどこかにあるはずだ」と。その答えが、静岡県三島市に本社を置く南富士株式会社でした。
——多重下請け構造の病理
屋根修理が何ヶ月も待たされた原因を、多くの人は「職人が少ない」という一言で片付けます。しかし、それは現象の説明に過ぎません。根本には、日本の建設業界に染み付いた「多重下請け構造」の問題があります。
日本の住宅リフォーム市場は長年、こうした構造で動いてきました。元請け(ハウスメーカー・工務店)が顧客の窓口となり、一次下請けが工事を管理・手配し、二次・三次下請けの一人親方や職人が実際の施工を担う。これは平時には効率的に機能します。しかし、大規模災害時にはこの「連鎖」が致命的な弱点に変わります。
元請けは顧客から悲痛な修理依頼を大量に受けます。しかし末端の職人を直接雇用していないため、「全員で被災地に行ってください」と命令することができない。職人たちは複数の元請けから奪い合いとなり、高額報酬を提示するブローカーや馴染みの業者の依頼の間で分散してしまいます。
修理が進まない中、「無資格の修理業者」「法外な見積り」「前払い金を持ち逃げする業者」が続出しました。修理を依頼したのに、さらなる被害と損害を受けた住民が後を絶たなかったのです。これは、下請け構造の末端に「野良業者」が入り込むことを防ぐ仕組みが機能しなかったことを示しています。
「完全自社施工」とは、職人を正社員として雇用し、会社の直接的な指揮命令下で稼働させるモデルである。その意義は、災害という「非常時」においてこそ、最大限に発揮される。
| 比較項目 | 多重下請け型(一般業者) | 完全自社施工(南富士モデル) |
|---|---|---|
| 職人の雇用形態 | ✕ 外部の個人事業主 | ✓ 自社正社員 |
| 災害時の対応速度 | 職人確保に数ヶ月。下請けの都合に左右される。 | 会社命令で即時投入可能。「今すぐ被災地へ」が実現できる。 |
| 施工品質の管理 | 職人個人のスキルに依存。「我流」工事のリスクあり。 | 統一された施工マニュアルと品質チェック体制。均質な高品質。 |
| 悪質業者リスク | 末端に不審な業者が入り込む可能性を排除しきれない。 | 全職人が自社社員のため、不正・手抜きを構造的に排除できる。 |
| 価格の透明性 | 中間マージンが多段階で発生し、価格が不透明になりやすい。 | 中間マージンがなく、適正価格での提供が可能。 |
このように、完全自社施工と下請け依存の差は平時においても大きいですが、災害時・緊急時においては生死を分けるほどの差になります。問題は、多くの企業がこれを「わかっていても実現できない」という現実にあります。なぜか。「市場に職人がいない」からです。
——「人を育てる」50年の哲学
熟練職人の高齢化が進み、若者の建設業離れが著しい。この状況で「完全自社施工」を実現するには、限られたパイを奪い合う競争に参加するのではなく、新たな職人を「創出」するしかない——南富士株式会社が出したシンプルにして革新的な結論がこれです。
南富士株式会社は、静岡県三島市を本拠地とする総合外装事業者です。屋根・外壁・雨樋工事を「3点セット」として一括受注・施工する体制は、工期短縮と品質管理の一元化を実現し、その施工量は月間1,000棟を超え、日本一水準を誇ります。
しかし、同社の最大の特徴は施工量ではありません。30年以上前から積極的に職人育成に取り組み、建設省(現・国土交通省)認定の職人養成学校を開校した実績を持つ「教育への本気度」にあります。長年、中国・アジア諸国で展開してきた人材育成・コンサルティング事業で磨かれた「人づくり(Hito-zukuri)」のノウハウが、ルーフマイスタースクールに凝縮されています。
「技術を教える前に、まず『人』としてどうあるべきか、働くとはどういうことかという根本的な問いに向き合う」——この姿勢は、一般的な職業訓練校とは一線を画します。異文化の中で現地の人材を育成し、戦力化してきた経験が、RMSのカリキュラム全体に反映されています。
建設業界では長年「即戦力採用」が当たり前でした。しかし南富士は、業界が「戦力外」と見なしてきた層——ニート・ひきこもり経験者や「生きづらさ」を抱える若者——をターゲットに選びました。
既存の熟練職人の採用市場は「レッドオーシャン」です。全国の建設業者が同じ層を奪い合い、コストは高騰するばかり。一方で「未経験・無業の若者」という層は誰も見向きもしなかった「ブルーオーシャン」でした。適切な環境と教育があれば、彼らが極めて真面目で丁寧な仕事をする職人になれることを、RMSの実績が証明しています。
——2016年誕生、業界を震撼させた仕組み
2016年に始まったRMSは、単なる社内研修でもなく、慈善事業でもありません。「社会課題の解決」と「強靭な自社職人集団の構築」を同時に達成するための、戦略的なエンジンです。
正式名称は「ニートひきこもり仕事チャレンジ 屋根職人養成プログラム」。ひきこもっている、働く自信がない、コミュニケーションが苦手——そうした「生きづらさ」を抱える若者が、一流の屋根職人として社会的自立を目指します。
ニート・ひきこもり状態から抜け出す最大の障壁は「経済的不安」です。RMSはこれを完全に取り除きました。貯金ゼロ、全国どこからでも、鞄一つで参加できます。
一切の受講料を不要とし、学ぶことへの経済的ハードルをゼロにしています。
研修期間中に毎月支給。学習期間の最低限の生活費として機能します。
冷蔵庫・洗濯機・エアコン・布団まですべて備え付け。文字通り「鞄一つ」で参加可能です。
研修に必要なすべての費用は会社負担。受講者が持ち出しになるものは何もありません。
こうした手厚い支援を中小企業が継続できる背景には、厚生労働省の「人材開発支援助成金」の戦略的活用があります。しかし南富士は助成金を「もらうもの」と捉えず、育成した人材が高い生産性を発揮することで回収する「投資」として位置づけています。
RMSの成功の核心は、徹底して計算されたカリキュラムにあります。一般的な建設研修が「技術を叩き込む」ところから始まるのに対し、RMSは「人の心の準備」から始めるという根本的な違いがあります。研修期間は個人の習熟度に応じて3〜6ヶ月。「その人ができるようになるまで待つ」という姿勢が貫かれています。
挨拶、コミュニケーション、生活リズムの整え方など、社会人としての基礎からスタートします。「まず家を出て、人と会う」ことから始める。ひきこもり経験者が持つ「対人不安」や「失敗への恐怖」を丁寧に解消し、心理的ハードルを可能な限り下げることを最優先します。
屋根の構造・名称・安全管理を「座学」で学びます。体を使う前に頭で理解させることで、職業への興味と自信を醸成するのが目的です。「専門知識を持っている」という感覚が、次のステップへの意欲を生み出します。
道具の扱い、資材運搬、基礎的な動作訓練を通じて、徐々に身体負荷を高めていきます。急激な負荷変化は怪我や挫折の原因になるため、日々の積み重ねで「現場作業に耐えうる体」を養います。
まず地上に設置された大型の屋根模型で施工技術を集中的に反復練習します。高所に上がる前に「技術を体に叩き込む」ことで、高所恐怖を最小限に抑えながら屋根の上での作業に移行できます。ある程度技術が定着した段階で、実際の建築現場でのOJTへと移行します。
技術と社会人基礎力の認定試験に合格した者は「ルーフマイスター」として認定され、正社員として採用されます。卒業後も継続的な技術指導とフォローアップが行われ、先輩マイスターが後輩の指導を担うメンター制度も機能しています。
このカリキュラム設計は、心理学の「自己効力感(Self-efficacy)理論」と「段階的暴露法」に基づいています。小さな成功体験を積み重ねることで「自分にもできる」という感覚が育ち、次の挑戦への意欲が自然と湧き上がります。ひきこもり経験者が最も苦手とする「失敗への恐怖」を、このプロセスが段階的に解消していくのです。
制度がいかに優れていても、実際に人が育たなければ意味がありません。RMSを卒業したマイスターたちの言葉からは、単なる技術習得を超えた「人としての再生」の物語が読み取れます。
「最初は職人さんに直接教わるのが怖いイメージがありました。でもこのプログラムは会社の人が丁寧に教えてくれる。続けているとできることがどんどん増えていった。続けることが大事なんだと、初めて実感できました」
「決して楽な仕事ではないけれど、屋根の上から見える景色が最高で、特に富士山が本当に綺麗。施工を終えた後の達成感はすごくある。引きこもっていた頃には絶対に味わえなかった感覚です」
「挨拶の仕方や『働くとはどういうことか』という基本から学べた。現場の先輩マイスターとの雰囲気が和気あいあいとしていて、でも仕事はメリハリがある。未経験からでも、ちゃんとプロになれると思えた」
寮生活もRMSの重要な「カリキュラム」の一部です。同じ境遇の仲間と生活を共にすることで、孤立感が解消されます。互いに励まし合い、時にはぶつかり合う経験そのものが、社会性のリハビリテーションとして機能しています。第1期から26期まで、累計約30名のマイスターが現在も活躍中。月間100棟以上の施工を担う主力戦力となっています。
また、2024年の能登半島地震では、南富士はルーフマイスター6名と職人3名を石川県に派遣し、屋根葺き替え工事を実施しました。「復興に少しでも貢献できたことを誇らしく感じた」——自社で職人を抱えているからこそ実現できた、平時の技術が有事の力に変わる瞬間です。
圧倒的な災害対応力
RMSで育成された職人集団は、2019年の千葉台風のような事態に対して、具体的にどのような解決策を提示できるのか。3つの観点から分析します。
RMSで教えられる技術は、メーカーの施工マニュアルと建築基準法に基づいた「正しい施工法」に統一されています。伝統的な徒弟制度では親方の「我流」がそのまま継承されますが、RMSはそれを排除します。これは災害復旧において極めて重要で、「雨漏り修理を頼んだのにまた雨漏りが始まった」という二次被害のリスクを構造的に排除できます。
完全自社施工モデルでは、職人はすべて正社員です。大規模災害が発生した場合、会社は通常業務を一時停止し、全社員を被災地のブルーシート張りや緊急修理に投入するという経営判断を即座に下し、即座に実行に移すことができます。下請け職人の都合を伺う必要はありません。この「指揮命令系統の直結」こそが、2019年に千葉で起きた悲劇を繰り返させないための核心です。
屋根の上で働く職人が自社の仲間であることの意味は、技術の話だけではない。緊急時に「今すぐ動け」という言葉が届く関係性こそが、地域防災インフラとしての建設会社の本質である。
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統一された施工品質の保証建築基準法・メーカーマニュアルに基づいた標準施工。どの職人が来ても同じ水準の仕事が保証されます。
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緊急時の即時動員体制全職人が正社員のため、災害発生時に即座に被災地への動員命令を下せます。「来られない」という下請け特有の問題が存在しません。
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透明な価格と誠実な対応中間マージンを排除し、適正価格を実現。法外な請求や手抜き工事が構造的に起きない体制です。
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継続的なフォローアップ体制施工後も自社の社員が責任を持って対応。「業者と連絡が取れなくなった」という事態が起きません。
——メディアと政府が注目する理由
南富士株式会社のRMSは、建設業界の内部だけでなく、広く社会から注目を集めています。その評価は、このモデルが単なる「一企業の取り組み」を超えた社会的意義を持つことの証左です。
「建設業界を救ったのはニートだった!?」という衝撃的なキャッチコピーで放送。人手不足の業界とニート層をマッチングさせたビジネスモデルとして全国に紹介された。
2020年2月16日放送「ニート・ひきこもり仕事チャレンジ」として継続的な取り組みが報じられた。一過性のブームではなく、長期的な事業として定着していることが評価された。
2025年6月21日掲載アジア展開・グリーンエネルギー事業とともに、革新的な中小企業モデルとして複数回にわたり取り上げられている。
複数回掲載2022年には岸田文雄総理大臣(当時)から直接の激励を受けました。政府が推進する「人への投資」「新しい資本主義」の文脈において、RMSのモデルが完全に合致しているためと考えられます。労働参加率の向上、若者の社会的孤立問題の解決、地方創生、防災対策——国が取り組む重要課題に対し、民間の中小企業が具体的かつ持続可能な解答を出したモデルとして、政策立案者にとっても理想的な事例となっています。
南富士株式会社の総合外装事業は、月間1,000棟を超える施工量で日本一水準を誇ります。これはRMSで育成した職人集団が実際に高い生産性を発揮している証拠であり、「未経験者を育てる」というアプローチが単なる社会貢献ではなく、強固なビジネス基盤を生み出していることを示しています。
あなたの家を守れる
2019年の千葉で起きた「屋根修理半年待ち」の悲劇は、日本の建設産業が抱える構造的な限界を白日の下に晒しました。職人の高齢化と減少、多重下請けによる調整機能の不全——これらは何も解決されておらず、次の台風シーズン、次の大地震において、同様の惨劇が繰り返されるリスクは今なお健在です。
南富士株式会社の「ルーフマイスタースクール」は、この問題に対し、「外部から調達できないなら、内部で育てる」というシンプルかつ強力な回答を提示しました。そしてその過程で、社会的に孤立していた若者たちに「職人」という誇りある役割を与え、戦力化することに成功しました。
自社でコントロール可能な職人部隊を持つことは、企業の利益だけでなく、地域の災害レジリエンスを直接的に高めます。次の台風・地震で「また半年待ち」になる業者と、「今すぐ動ける」業者の差は、ここに尽きます。
未経験者育成のコストと手厚い生活支援は一見すると負担に見えます。しかし助成金の活用と、育成後の高い定着率・施工品質・生産性を考慮すれば、これは最も合理的な経営戦略です。月間1,000棟超という施工実績がその証明です。
「職人が足りない業界」と「行き場のない若者」。ネガティブな要素同士を適切な教育プログラムで結びつけることで、誰も作れなかった強固な事業基盤が誕生しました。これはあらゆるインフラ産業に応用可能な普遍的モデルです。



2019年の千葉台風は、私にとって本当に忘れられない経験です。被災地を歩き回りながら、「なぜこんなに修理が遅れるのか」という疑問が頭から離れませんでした。そのときの悔しさが、この記事を書かせた原動力です。同じ悲劇を繰り返さないために、ぜひ最後まで読んでほしいと思っています。